予測不可能な死を想定して生きる

2015年も暮れてきた。

今年もいろいろな人が亡くなった。

日本相撲協会の北の湖理事長は
自分が子供の頃に全盛期でとにかく強かった。

輪島や貴ノ花、高見山という
華やかな人気力士の中にあって
無表情で当たり前のように毎日勝利を
積み重ねてゆく北の湖の相撲は
面白くないほどだった。

とにかく
あの時日本でいちばん強い男の
一人だったのは間違いない。

川島なおみさん。

女子大生タレント
として活躍していた当時、
自分たち中高生の憧れの的だった。

その後あまり見なくなったな、
と思っていたら作品のためにヌードも
辞さない体当たり演技のできる女優として
再び脚光を浴びた。

若くてキラキラ
輝いていていたときの姿は
まだ記憶に鮮明だ。

どんなに
頑強な身体を持った男も
美貌を誇った女もいずれは
去ってしまう。

90歳を過ぎて亡くなった
水木しげるさんや原節子さんが
活躍していた頃は知らないが、
ゲゲゲの鬼太郎を見ながら育ち、
小津安二郎監督作品は長じてから
じっくり観なおした。

敗戦による占領という
国家として存亡の危機から
奇跡のような戦後復興を支えてきた
この世代の人たちももう100歳に
手が届きかけているわけだ。

個人的にも
よく知る人が何人か亡くなった。

父方の叔父が上から
二人相次いで亡くなったが、
水木・原世代の人たちなので大往生だ。

どちらかというと
死を悲しむよりは
人生をまっとうできてよかった、
という思いがある。

上の叔父は招集されて
中国東北部に展開し戦後は
シベリアに8年抑留されたのちに生還、
下の叔父は予科で終戦を迎えて
戦地に行かずに済んだ。

年齢差は2歳ぐらいのはずなので
このわずかな歳の差が運命を大きく分けた。

そんな因果を思わせる叔父たち。

実はその上にもう一人叔父がいて、
特攻隊で戦死している。

全部で9人いる
兄弟姉妹の誰かが亡くなったのは
そのとき以来70年ぶりだというから
戦後を生きた人たちはおおかた健康で
平和な人生を送っているのは間違いない。

戦争に行った経験を持つ人たちは
その不運を差し引かなければならないが
歴史の巡り合わせの中で戦後復興、
経済成長、福祉の充実を存分に
享受した幸せな日本の高齢者だといえる。

いずれにしても
ご苦労様と言葉を贈りたい。

義理の弟が
亡くなったのは先々月、
長期間のがん闘病の末のこと。

自分と同年代で
はじめて会ったのはバブル時代。

お互いに20代前半、
年数にすると25、6年前のことになるが
鮮明に思い出すことができる。

記憶が色褪せるというが、
おそらく実際はそんなことはなく
多分自分が死ぬときも
フルカラーのはっきりした若い時の
記憶とともに逝くのではないだろうか。

だんだんと彼の状態が
悪くなってゆくのがわかっていたので
9月に会って話をした。

親戚としてその後のことを
あれこれと話したのだが、
一言ぼろりと

「こんなことになるとは思ってなかった。。」

とつぶやいた。

確かに我々元気な人間は
自分が突然致命的な病気に
なることは想像していない。

だけど誰もが
そうなる可能性がある。

生きていても
病気になってからでは
体力的にできることが限られる。

元気なうちに
やれることをやるしかない。

そう思い知らされた出来事だった。

マスメディアのニュースを通じて
突然入ってきたのが知り合いの訃報があった。

昨年フィリピンに
投資案件の視察旅行に行ったときに
知り合った仲間の一人。

クレジットカードによる
マイレージポイントの獲得の方法と
その消化の仕方に詳しいと言っていた彼の姿は
そのときを境にするようにフェイスブック他の
インターネットメディアで頻繁に目にするようになった。

ビジネスは順調に
拡大しているようだった。

上手に獲得したマイレージを
上手に使って無料航空券に交換し、
多額のお金をかけることなく
世界中を旅して人生を楽しむことを
皆に教えることが彼の仕事だった。

その途中での事故。

34歳。

若くて、行動力があり、
エネルギーに溢れた人が
突然逝ってしまうこともある。

パリのスタジアムやコンサート会場、
繁華街でのテロのニュース。

健康でその直前まで
人生を楽しんでいた人たちが
100人以上も一瞬にして命を奪われた。

テロリストの本拠地である
自称イスラム国では昨年6月から
3500人以上が処刑されたという。

その多くは5年前まで
そんなことは想像だにせず
平和に暮らしていた普通のシリア人。

人の死は
突然、偶然訪れるように感じるが、
実は我々は偶然が重なってたまたま
生きているだけなのかもしれない。

人の生き死には予測不可能だ。

自分が死ぬときに
長い闘病生活で苦しむのか、
あるいはそれほど痛みを感じないまま
即死するのかというのも
個人的な関心ごとであるだろう。

だが現代社会においては
自分の死後のことの方が
大きな問題である場合が多い。

家族がいて自分が
家計を支える大黒柱である場合、
自分の死は大切な人たちの
運命に大きく影響する。

もし自分が突然死んでも、
生きていたときと同じ経済的な
保障は欲しいところだ。

不動産にしても
金融資産にしてそれなりの
資産を持っていれば、
残った家族がそれを利用して
生活してゆくことも可能だろう。

もしそんな資産がない場合は
生命保険を利用する方法がある。

毎年一定額の保険料を支払って、
自分にもしものことがあった場合は
残った配偶者が生活してゆけて、
子供がきちんと学校を卒業するまでの
費用を賄う保険金を受け取れるようにしておくのである。

こうして
準備をしておくことは
自分の心理状態や行動力にも
良い影響を与える。

個人的な話になるが、
私は昔から海外出張が多く
これまで平気で数百回フライトをこなしていたが、
2年前に子供が生まれたときに
突然怖くなったことがある。

「万一、この飛行機が落ちたら家族が路頭に迷ってしまう。。」と。

一時期ではあるが
このとき心なしか
出張に出る足も鈍った。

ほどなく
自分で自分を通して
生命保険に加入したが、
その後フットワークは再び軽くなった。

多すぎる資産を
抱えているというのも、
自分が死んだときの相続で
家族が混乱する原因になる。

なんの準備もなく
突然被相続人が死ぬと、

「俺は家族のために犠牲を払ってきたから法定相続分与では納得できない!」

などなどいろいろな問題が起こる。

その収拾のために
数年の歳月と労力を捧げた挙句に
家族関係が崩壊することもある。

財産の整理整頓や遺言状の準備、
受取人を指定した保険商品の加入など
残された人に禍根が残らないように
できる限りの準備をしておく。

こういうことも
元気なうちに必ず
やっておかなければならないことで
あると言えるだろう。

スカイプ相談・サポート申し込みフォーム
http://ws.formzu.net/fgen/S14029750/

海外資産運用メールマガジン【国境なき投資戦略】

投資家として、そしてFA(ファイナンシャルアドバイザー)として海外で20年間生き抜いてきた玉利将彦が独特の視点から語る海外投資の極意

お名前(姓)
お名前(名)
Eメール

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

海外資産運用メールマガジン【国境なき投資戦略】

投資家として、そしてFA(ファイナンシャルアドバイザー)として海外で20年間生き抜いてきた玉利将彦が独特の視点から語る海外投資の極意

お名前(姓)
お名前(名)
Eメール