兵(ツワモノ)たち。珠海の昼と香港の夜

2015年9月下旬の
珠海はうだるような蒸し暑さ。

ビジネスパートナーであり
親しい友人である四柱推命鑑定士の真田孔明、
そして日本一の会員数を誇る
在宅ワークマッチングサイト@sohoの
創始者平城寿が中国で契約していた
保険商品の解約のため、
通訳サポートとしてやってきたのだ。

四柱推命鑑定士の
真田さんとの付き合いは
すでに13年目だが、
平城さんと知り合ったのは2010年。

彼らはちょうどそのときに
中国銀行の口座開設して、
2年ぐらいの間に3本ほど
保険商品を契約したようである。

70,000元の保険料を
3年払い合計210,000元を支払い10年間運用、
その間に万一病気で死亡した場合はRMB231,000、
事故などで亡くなった場合はRMB693,000が
死亡保障として受取人に支払われる。

無事に10年の満期を迎えたら
そのときは年利5%で運用したようなかたちで
解約返戻金が受け取れるもの。

当時の中国銀行の
5年定期は年利3.6%だったので
保険がついたうえで利率の面で有利だと
中国銀行の担当者に勧められるままに契約したが、
彼らは仲間内で「居合抜き」と呼んでいる
日本株式のデイトレードの原資を確保するために
それらを途中解約して現金化しに来たのである。

香港から珠海へはフェリーで70分の道程だ。

だが、
終始右手に陸を
見ながらの航路のおかげか、
乗船している間もネットにはずっとつながっている。

その間にも
iPhoneを手にとって
「居合抜き」の株式取引を敢行、
真田さんなどは40,000万円程度の
利益を確定していた。

珠海九洲港に到着、
2つの保険会社を訪問する。

目標は保険を
解約したあと速やかに現金化、
それを日本の証券会社に戻して
2015年11月に控えた郵政三社上場という
日本株式市場の大イベント前に
実弾を装填しておくことである。

すべてが
満期10年の保険なので
5年程度での早期解約となると
投資元本より多少目減りして
返金されることになるが、
運用資金は日本円なので
2010年当時からの為替差益で
充分に元が取れるという算段だ。

彼らが保険契約をした
2010年10月頃は円高で
RMB1=JPY12だった。

240万円を20万元程度に
両替して契約をしたわけだが、
20万元はRMB1=JPY19の今日(こんにち)では
380万元になっているので早期解約で
10%程度目減りしても日本円で100万円以上の
為替差益が出ているから良し、ということである。

珠海市内の2社の
保険会社を回って
すべての保険を解約する。

必要なものは
保険証券とパスポート、
そして中国銀行の
ATMカード(あるいは通帳)である。

「早期解約で資金が目減りするので解約を見合わせた方が良い」

と慰留する窓口にお姉さんの言葉に

「今、現金が必要なのです」

と断固とした態度で解約手続きをする。

日本円の
為替差益のことまで
いちいち説明はしないが、
先月3日連続で切り下げのあった人民元が
今後も下がる可能性も考えれば
こちらも真剣なのである。

解約後、
3営業日から7営業日程度で
中国銀行の口座に解約返戻金が
入金されるとのことである。

ついでに中国銀行へ行き、
平城さんの口座の復旧をおこなう。

中国銀行はここ5年ほどの間に
次々とインターネットバンキングの
システムを更新しており、
更新以前に口座を作った人が
ログインできない状態になっているケースが多い。

それでいて、
中国本土の銀行は殿様商売なので、
HSBC香港のようにシステム変更に
関することを郵便物でフォローしてくれたりはしない。

国内外にいるに関わらず、
きちんと使えるようにしたいのなら
一度窓口に来て手続きをしなさい、
といういうスタンスなのである。

5年経過して
バッテリー切れだった
e-tokenを新システムのUSBデバイスに交換して
ネットバンキングを使用可能にする。

せっかくなので
USBデバイスを使用して
中国銀行の他人名義の口座への
国内送金も試してみる。

user name、パスワード、
そしてデバイスが揃っていれば
問題なくネット上から国内送金ができる、
しかも数時間後には相手の口座に着金していた。

実際には結構使い勝手の良い
ネットバンキングシステムである。

目的を成し遂げた充実感と
適度に疲労した身体を引きずって
珠海九洲港から香港への帰途につく。

フェリー乗り場のスターバックスで
夕食のパニーニをアイスコーヒーで流し込み、
20:00発のフェリーに乗り込んだ。

さて、香港に着いたら
夜はまだまだそれからだった。

藤原塾の仲間でもあり、
真田さんの「居合抜き」日計り取引の
技の伝授を受けに来たクアラルンプール在住の
エイチさんが香港に来ていた。

クアラルンプールで
金融業を営んでいる彼はまだ30代だが
億単位の収入がある富豪予備軍。

上環のマカオフェリーに到着後、
すぐさま銅鑼湾(コーズウェイベイ)の
ホテルに急行して合流、
会社員時代から馴染み居酒屋に駆け込んだ。

そもそもが
気力・体力の有り余る猛者たち、
ビジネス、投資、そして男の話で盛り上がり
そのまま午前2時の閉店まで飲み明かした。

一般に名前が
知れ渡っていなくても
海外でビジネスを展開し、
自由闊達に活動している
日本人は少なからずいるものだ。

そして
同じ匂いのするもの同士は
引き寄せられていずれ出会う。

海外資産運用メールマガジン【国境なき投資戦略】

投資家として、そしてFA(ファイナンシャルアドバイザー)として海外で20年間生き抜いてきた玉利将彦が独特の視点から語る海外投資の極意

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