投げる新聞社オーナー 垂石洋昌(2)

北京、上海、香港。

この3カ所に4ヶ月ずつ滞在して、
電話帳「ぽけっとページ」を発行する
彼のビジネス。

僕が上海に住んでいたときは
春から夏にかけて彼は上海にやってきた。

僕は香港に移ってからは
秋から冬にかけて彼は香港にやってきた。

つまりどこにいても我々は
1年の3分の1は近所に住んでいたわけだ。

香港の日本人向け週間新聞

「Pocket Page Weekly(PPW)」

の創業者オーナー、垂石洋昌。

中国における
日本人向けフリーペーパーとして
着手が早かったために利益は順調に伸び
やがて社員も増えてきた。

2002年頃、
彼は翻訳会社やウェブデザイン会社を
経営している友人らと事業統合をした。

彼がこの合併に
踏み切ったのには二つの理由があった。

1つ目は種類の違う
事業部門を社内で持つことによる
ビジネス上のシナジー効果。

日系企業や飲食店を
クライアントに抱えていた彼らは
広告営業の訪問先で

「中国語の日本語訳を頼めるところを知らないか?」

とか、

「おたくでデザインなんか頼めない?」

などと訊かれることは多かったそうである。

そうしたものを
自社でこなすことができれば
収益を伸ばすことができる。

2つ目は会社の規模を大きくして
きれいな事務所に移ることにより
新規採用が容易になったり、
既存の社員のモチベーションアップにも繋がるなど
人事面でメリットがあると考えたことだった。

新会社の社長には
年上の別会社のオーナーが就き、
彼は取締役となった。

ところがフタを開けてみると、
利益が出ていたのは彼の会社だけで
翻訳会社やウェブデザインの部門は
ずっと赤字続きだった。

「ぽけっとページ」の広告事業で
生んだ利益は他の部門の損失の穴埋めで
消えていった。

ちなみに彼は
自分の事業のすべてを新会社に移したが、
他の部門のオーナーたちはそれぞれ利益を生んでいる
別事業を持っていたようである。

彼らはそれらは決して
新会社に統合せずに自分で確保していた。

新会社は2年程度続いて再び分裂。

「ぽけっとページ」は
再び彼1人の手に戻ったが、
それまで稼いだ利益はすべて消えた。

甘かったと言えばそれまでかもしれない。

海外資産運用メールマガジン【国境なき投資戦略】

投資家として、そしてFA(ファイナンシャルアドバイザー)として海外で20年間生き抜いてきた玉利将彦が独特の視点から語る海外投資の極意

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