激流の上海、サラリーマン時代(5)

サラリーマンとして
上海で勤務していた頃は
中国経済の急成長とともに
日系企業が大挙して進出して来た時期で、
上海で働く日本人がどんどん増えていた。

自分も20台後半から30台の前半、
会社の中では若手から中堅に差し掛かる頃。

気力、体力ともに有り余る状態。

平日は仕事や接待で
朝から晩までフル回転しながら、
週末もよく遊んだ。

他の会社の
駐在員仲間と土曜日は草野球、
そのまま宴会・夜遊び、
翌日曜日は早朝からゴルフ、
そのまま宴会・夜遊び。

上司がまったく
ゴルフをやらない人だったので、
会社で接待用に持っていたゴルフ会員権の
記名会員にしてもらっていた。

30歳の若造ながら
数千万円もする正会員として
毎週のようにゴルフ場を利用していた。

今考えると贅沢な身分である。

典型的な
新興国の駐在員生活を
謳歌していたとも言えるし、
そんな平々凡々とした
日常に埋没していたとも言える。

年の暮れになると恒例の
日本に帰任する遊び仲間の送別会。

カラオケクラブで騒いでいたときに
上司から電話かかってきた1本の電話。

「お前、来年1月から香港だってよ」

2002年1月。

寒風吹きすさぶ上海を後にして、
僕は東南アジア営業担当として
香港支社に転勤することになった。

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投資家として、そしてFA(ファイナンシャルアドバイザー)として海外で20年間生き抜いてきた玉利将彦が独特の視点から語る海外投資の極意

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