不動産賃貸経営の「ユニークな一匹狼」紺野健太郎

2000年台初頭。

競馬の騎手になるという
夢を追いかけてオーストラリアに渡った
かつての少年は、

看板持ち、ネット回線の営業、
ホテルマン、ティッシュ配り、スーパーのレジ打ち等々、

アルバイトと派遣に明け暮れる日々。

25歳のいわゆるフリーター、
年収は100万円前後だった。

「この状態をなんとか抜け出さなければ。。」

と模索をし続ける日々の中、
彼は不動産投資と出会い賃貸経営で
身を立ててゆくことに可能性を見いだした。

地場の不動産会社に就職。

昼は会社の仕事、
夜は勉強に明け暮れ
宅地建物取引主任者や
賃貸不動産経営管理士などの資格を取得し、
不動産関連の知識の習得に励んだ。

だが年収は200万円台。

稼いだお金はすべて生活費に消えた。

アパート・マンション等を購入し
不動産を賃貸経営をするなど夢のまた夢。

2010年。

しかしコツコツとあきらめずに
蓄積し続けた不動産投資に関する知識は
彼に大手の不動産会社への転職の道を拓き、
年収を400万円台に引き上げた。

それでも
賃貸不動産を購入するには
充分とはいえず多くの不動産会社に
相談するも、

「自己資金と年収」

が不十分と、断られ続けた。

毎日、朝7時に起床して、
残業を含めて毎日12時間の勤務、
帰宅するのは23時、休みは月7日。

そんな日常に埋没して
一生を送ることは彼にとって
何よりも恐ろしいことだった。

このライフサイクルから
抜け出す術(すべ)は知っている。

1棟目が手に入れば何とかなるのだ。

不屈の精神で可能性を探り続け、
訪問した不動産会社が100社を超えた頃、
ようやく物件を買うチャンスが訪れた。

年収400万円、自己資金170万円。

これが
2010年に彼が不動産経営に
乗り出したときの資産状況だ。

最初の物件を手に入れた彼は
不動産業界で培った知識を基に
次々と不動産を買い進めていった。

「キャッシュフロー重視の賃貸経営」

その戦略を追求して行った結果、
2014年8月現在の彼は木造アパートや
RCマンションを6棟所有するオーナーである。

“ユニークな一匹狼” 紺野健太郎

昨年、サラリーマン生活とも
決別した彼は物件の賃貸経営の傍ら、
賃貸経営を始める方法をアドバイスしている。

年収も自己資金も必ずしも多くない。

かつての彼のような状況にあるが
アパート・マンション経営に乗り出したい。

そう考えているなら、
彼の助言はきっと有用な情報を
もたらすことだろう。

「ユニークな一匹狼」不動産賃貸経営相談

http://alliance1128.xsrv.jp/MT/index.html

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不動産賃貸経営の「ユニークな一匹狼」紺野健太郎」への5件のフィードバック

  1. 松下寛英

    初めまして、現在フランス外人第二空挺連隊で日本人外人兵として働いています。松下ひろひでと申します。

    かつて陸上自衛隊で約17年間働いていましたが、人生観の違いにより東北大震災収束後、2011年11月依願退職、民間に就職するも所得税と所得の乖離に怖れをなし、2012年5月に軍歴を活かし、フランス陸軍外人部隊に出奔致しました。

    しかしながら私の心はやはり日本国と日本国民と共に在るのだという事が嫌と言う程身に染みる毎日、任期5年(2017年7月1日)を迎えましたら、直ちに帰国しまして1日本国民として再び歩んで参りたいと思います。

    私は昭和52年8月28日生まれ、2017年7月1日の任期終了の暁にはほぼ40を数えている筈です。家族は母と祖母。育ての父親、祖父は昨年夏、私がUAE、アブダビにてイラクで苦戦する政府軍及び米国軍事顧問団に加勢すべく出動待機中の時に亡くなりました。

    人の幸せの形は十人十色、色々な形が在るのでしょう。ですが私はこの時少なくともこの私の幸せは心安らかに大切な人達と過ごし、時間と思い出を共有する事なのだと思います。

    だからこそ紺野健太郎さんの不屈の闘いの上に築かれた、肩書きや地位の誤魔化しの一切無い功績と努力によって築かれた集大成に心からの敬意と賛辞を贈るものです。

    返信
  2. 松下寛英

    初めまして、現在フランス外人第二空挺連隊で日本人外人兵として働いています。松下ひろひでと申します。

    かつて陸上自衛隊で約17年間働いていましたが、人生観の違いにより東北大震災収束後、2011年11月依願退職、民間に就職するも所得税と所得の乖離に怖れをなし、2012年5月に軍歴を活かし、フランス陸軍外人部隊に出奔致しました。

    しかしながら私の心はやはり日本国と日本国民と共に在るのだという事が嫌と言う程身に染みる毎日、任期5年(2017年7月1日)を迎えましたら、直ちに帰国しまして1日本国民として再び歩んで参りたいと思います。

    私は昭和52年8月28日生まれ、2017年7月1日の任期終了の暁にはほぼ40を数えている筈です。家族は母と祖母。育ての父親、祖父は昨年夏、私がUAE、アブダビにてイラクで苦戦する政府軍及び米国軍事顧問団に加勢すべく出動待機中の時に亡くなりました。

    人の幸せの形は十人十色、色々な形が在るのでしょう。ですが私はこの時少なくともこの私の幸せは心安らかに大切な人達と過ごし、時間と思い出を共有する事なのだと思います。

    だからこそ紺野健太郎さんの不屈の闘いの上に築かれた、肩書きや地位の誤魔化しの一切無い功績と努力によって築かれた集大成に心からの敬意と賛辞を贈るものです。

    私はまだまだ只の持たざる者ですが、これが紺野健太郎さんの著書を読破した後のコメントです。

    返信
    1. blogadmin 投稿作成者

      松下さん、恥なき生き方の素晴らしさ。私の40数年の決して長くない人生経験の中で感じていることです。彼は紛れもなく成功者ですが、その実績は世の中に恥じない方法でコツコツと積み上げてきたもの。それが何より貴重なのです

      返信
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    返信

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