ドサ回りアジア、香港勤務時代(4)

当時アジア営業部には
9人の日本人スタッフが本社から
出向するかたちで駐在していた。

シンガポール人、タイ人等
他のアジア地区出身の人員が2、3人、
そして20数人の香港人従業員。

この陣容で、
香港、台湾、中国、タイ、
シンガポール、マレーシア、フィリピン、
インドネシア、オーストラリア、ベトナム
へ供給する自社ブランド商品の
開発と販売を行なうのである。

事務所は香港島の中心部に近い
金鐘(アドミラルティ)のオフィスビル。

スタッフ全員の
机のある事務スペースの他には
ミーティングを行なうための大小会議室、
ショールーム、倉庫などいくつかの
部屋に分かれていた。

その中に、

「タバコ部屋」

と呼ばれる、異様な場所があった。

当時の香港では
徐々に喫煙スペースを
規制するようなムードがあり、
喫煙者の肩身が狭くなっていったのは
日本と同じである。

そして現在、
香港では商業ビル内での
喫煙は法律により完全に禁止されている。

そんな時代の端境期に

「喫煙者はその部屋へ行ってタバコを吸うように」

という意味で作られた部屋だった。

タバコ部屋はスモーカーが
休憩時やそれぞれ仕事が一段落したときに
一服しにゆくところである。

だが昼休みのタバコ部屋には
いつも同じ顔ぶれの4人の日本人が籠っていた。

繰り広げられていた会話は
会社の業務とは全く関係のない
投資や副業ビジネスの話。

「最近買った
HSBCのインドファンドが3倍、
BRICSファンドは2倍になった!」

とか、

「駅から徒歩10〜15分ところで
女子専用にできるアパートを探している!」

とか、

「ヤフオクで”パチスロ必勝法”を
落札して騙された!だけどインターネットで
秘密のノウハウをレポートにして売るビジネスはイケる!!」

などなど、
2004〜2005年の当時、
毎日そんな話ばかりしていた。

タバコ部屋メンバーのうち、
僕は2005年に会社を退職して開業。

1人は日本に帰国後、
不動産賃貸業を営んでいる。

もう1人は会社に内緒で副業の
インターネットビジネスで成功した。

しかし、その世界で
結構有名になったため
副業を禁じていた会社に活動が露見して
2010年に会社を退職(実質的なクビ!)した。

その後、独立してどんどん
ビジネスや投資活動を拡大している。

彼が真田孔明である。

日系企業の香港オフィスの
片隅にあった煙臭いタバコ部屋。

そこが3人の事業主の起点に
なったのは今思えばなかなか感慨深い。

海外資産運用メールマガジン【国境なき投資戦略】

投資家として、そしてFA(ファイナンシャルアドバイザー)として海外で20年間生き抜いてきた玉利将彦が独特の視点から語る海外投資の極意

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